第3回:トレイルホーク
オフロードで働く “驚き” のオートクルーズ
意外にもオフロードで必要十分な前方視界
みなさんこんにちは。河村です。
今回はいよいよ試乗コースに乗り出します。
試乗車は「トレイルホーク」。
同じ4WDモデルの「リミテッド」に比べ悪路の走破性を重視したモデルです。
タイヤサイズから外観デザイン、デフロックなどの装備に到るまで
専用にチューニングを受けています。
ラングラーであれば「ルビコン」にあたるグレードです。
まずはシートに座ってオフロードに適したポジションを取ります。
座面を一番高く上げ、背もたれをグッと起こします。
ドライバーの視点を上げ、前方視界の死角を減らすようにするのです。
トレイルホークの運転席。乗用車と違って脚を前に投げ出すようなポジションではなく、
もともとの座面高も十分。これをさらに高く調整して前方視界を稼ぐ。
その状態でハンドルの一番上を両手で握り
どちらの腕も肘が自然に曲がるくらいまでシートを前に移動させます。
オフロードではオンロードよりステアリングをまわす量が圧倒的に多く
どのハンドル位置でも腕にに余裕があり、スムーズに回せることが大切だからです。
こうやって調整すると
まるで椅子に座っているように背筋が垂直になります。
最初は窮屈に感じるかも知れませんが、がこれがオフロードのドラポジなのです。
このような姿勢をランドローバーでは「コマンドポジション」と呼んでいます。
レンジローバーやディスカバリーはもちろんラングラーなどの本格4×4では
シートに収まるとごく自然にこのポジションになります。
SUVでオフロードを走る時も、死角やステアリング操作に対する考え方は同じ。
シートを調整してこの姿勢がとれるかどうか、がキモになります。
実は、新型チェロキーに対してはちょっと不安がありました。
前モデルに比べて車高が低くなり、フロントウィンドウも大きく傾斜したので
ドラポジが乗用車っぽくなってこの姿勢がうまくとれないかもしれない、と思っていのです。
車内高はみかけによらずユッタリ。座面を最大まで上げ、シートバックを起こしてもさほど窮屈ではない。
でも感覚的にはサーフやFJクルーザーより上下方向の空間はユッタリしていて
座面高も含め、ごく自然に四駆らしいポジションをとることができました。
そして「コマンドポジション」に近い姿勢もとることができました。
172cmの私でも頭上や前方に窮屈感を感じることはありません。
これはモノコックボディーならではの利点でしょう。
一見車高が低く車内高も低く見られがちですが
腹下にブ厚いラダーフレームが収まる本格4×4と違って床が低く、車内高はむしろ余裕があったのです。
縦置きエンジン+ラダーフレームのラングラーに比べボンネットそのものが低く、短いことがわかる。
さすがに相対的な視点はラダーフレームの本格4WDほど高くありませんが
エンジンが低く横置きに配置されているのでボンネットも低く短くなっています。
おかげで死角は大きくならず、視界は十分に確保されていました。
走行モードが選べる「セレクテレイン」を積極的に利用しよう
試乗地はアップダウンの激しい土の路面で泥や砂利が所々にあります。
そこでセンターコンソールにある「4WD LOW」スイッチで「ローレンジ」に入れ
セレクトダイヤルをまわして「SAND/MUD」を選びます。
新型チェロキーは路面状況に合わせて最適なトラクション制御を自動で選んでくれます。
普段オンロードを走る時にセレクトされている「AUTO」モードがその働きをします。
もちろんこのままオフロードへ足を踏み入れてもいいのですが
路面状況が予め分かっている時はそれに合ったモードを選んだほうが確実に走れます。
トレイルホークの場合、「AUTO」「SNOW」「SPORT」「SAND/MUD」「ROCK」の
5つのモードから選びます。
ちなみに「スポーツ」モードはオンロードでスポーティに走りたい時に使うものです。
燃費より力のある走りを優先し、ドライバーの意図がより優先されます。
エンジンは高回転まで回り、ミッションは高いトルクバンドを維持します。
FFベースの4×4システムも後輪の駆動力を積極的に使うようになり
前後のトルク配分を最大で前40:後60まで利用します。
さらに横滑り防止装置の介入が通常時より遅くなり
安全のためとはいえコーナー途中で勝手にエンジン回転を抑えられ、
脱出スピードが下がってしまう、なんてことも起こりづらくなるのです。
じゃあ、サンド/マッドモードではどんな走りができるのか?
まず、FFの2WD走行を基本にしていた4×4システムが「常時四輪駆動」になります。
そしてやはり、オートの時よりドライバーの意図が優先されるようになります。
前後の駆動力配分も最大で前0:後100※まで使い切るようになります。
※前2輪でトラクションが得られないような場面だと思います
さらに「電子制御ブレーキコントロール」も専用の制御になります。
これは簡単に言えば「空転するタイヤにブレーキをかけてトラクションを得る」ものです。
前進するのにブレーキを使うの? と思われるかも知れませんが、
クルマがスタックしている状況を思い浮かべてみてください。
泥にはまったり、地形によって浮いてしまったタイヤが空しく空転していたはずです。
その時、反対側のタイヤが全く回ろうとしないことに気付いた方もいるでしょう。
これは「デファレンシャル」が引き起こすいたずらです。
本来、デファレンシャルはクルマが曲がる時の左右輪の回転差を吸収するためにあります。
でもその機構が災いして、片輪が完全に空転してしまうと
反対側のタイヤに動力を伝えられなくなる、というやっかいな性格を持っています。
じゃあ空転しているタイヤを止めてしまえば反対側の接地しているタイヤで地面を蹴られるはず…
というワケで「ブレーキ」が登場します。
そう。空転しているタイヤだけにブレーキをかければいいのです。
これが、近年あらゆるクルマに搭載されるようになった
電子トラクションコントロールの考え方です。
ただ、この制御はあくまでも「引き算」の制御です。
回ろうとするタイヤを強引に止めることで前進しようとするわけですから
当然、駆動力をロスさせることになります。
もう少し分かりやすくご説明しましょう。
このシステムは泥場や砂地で左右のタイヤが交互に空転を繰り返すような所では
右を止めたと思ったら左を止め、こんどは右を…と忙しく働きます。
回転し続けようとするタイヤの駆動力をブレーキで奪い続け
そのエネルギーを熱にかえて空気中に発散させていくワケです。
ところが四駆乗りの達人は経験上、
砂地や泥場では多少スリップさせたほうが走りやすいことを知っています。
実は、低μ路でトラクションが最大に得られるのはスリップ率が20%くらいの時なのです。
砂場で、さっきまで走れていた路面にクルマを停めたらスタックした、なんて時は
走っていた時はスリップ率20%をうまく維持できたのに、
そこから発進しようとしてクラッチをつないだらスリップ率50%で路面を掘ってしまった…
とか、そんなギリギリのせめぎ合いの中でスタックは簡単に起こるのです。
もうお分かりでしょう。
空転するタイヤを単純に止めるだけでは泥場や砂地では有効に走れないのです。
そこでブレーキによるトラクション制御を行いつつ
「ある程度のスリップをワザと許容する」ようにしたのが「サンド/マッド」モードというわけです。
「なあんだ。達人のほうがエライのね」と思われるかもしれませんが
このシステムは四輪のブレーキをそれぞれ独立に制御しています。
しかもコンマ何秒という短い時間の中で各輪の空転を検知してすぐに対応しています。
いかに達人とはいえ、もはやマネできるレベルではないのです。
実際「ローレンジ」+「サンド/マッド」モードのチェロキーは
スタックランドに設定された凹凸地形や泥場をごく普通に走り切ります。
さすがに前後リジッドサスのラングラーに比べると凹凸地形への追従性は悪く、
ときおり前後左右のタイヤを浮かせ「ギッコン、バッタン」と車体を大きく揺らしながら走りますが
結果的に、ある程度極悪な地形も走れてしまっています。
時々、コココンという音とともに細かな振動を感じますが、
それは「電子制御ブレーキコントロール」が働いている証拠。
どこかのタイヤに断続的にブレーキをかけながらいとも簡単に前進していきます。
ドライバーがやることといえば「ここはヤバそう」というタイミングでアクセルを踏むか
「コココン」と響いてもクルマが前進しない時にアクセルを踏み足すくらいのものです。
とにかく、アクセルさえ踏めば勝手にトラクション制御をしてくれるのです。
と・こ・ろ・が!
新型チェロキーのトレイルホークは
このアクセルすらも自動制御できるようになっていました。
「セレクスピードコントロール」という技術です。
アクセルとブレーキ操作すら不要にした「セレクテレイン」
センターコンソールの例のダイヤルの右手前に
クルマが凹凸地形を走る姿に速度計がプラスされたアイコンがあります。
え? 上下どっちのスイッチかわからないって? …そうですね。
よく見てください。右上は「坂を下っている絵」になっているでしょう。
こちらはHDC(ヒル・ディセント・コントロール)のスイッチ。
低μ路で坂を下る時、滑らないように四輪のブレーキを調整し
エンジンブレーキも併用しつつスピードを殺しながら安全に下る…というものです。
このHDCは速度計と組み合わされたアイコンが示すとおり、
降りるスピードを5段階に調整できます。
と・こ・ろ・が!
「セレクスピードコントロール」は登り坂でも平坦な所でも働きます。
ブレーキだけでなくアクセルもコントロールしてクルマを一定速に保つのです。
しかも速度は時速1kmから9kmまで9段階にセレクト可能。
ひとたび速度を設定すれば
登り坂ではアクセルを踏み足し、下り坂ではHDCの働きでスピード調整。
前輪が段差に当たって抵抗が増せばアクセルを開け、
スタックしそうになって「電子制御ブレーキコントロール」が働けば
そのブレーキ力に負けないようにアクセルを踏み足します。
ドライバーがやることといえば…もはや「ハンドル操作に集中するだけ」です。
これは「オフロードのオートクルーズ」と言っていいでしょう。
会場となった「スタックランドファームオフロードコース」はなかなか激しいコースです。
すくなくともエクストレイルやフォレスター、RAV4といった
今時のSUVで行きたくなる場所ではありません。
そこをオフロード経験のない一般誌の編集者が
「こんなとこ初めてなんですぅ〜」などといいながら出発し
嬉々としながら満面の笑みで帰ってくる姿を目の当たりにすると
時代は変わったな…と感じざるを得ませんでした。
実際に乗ってみると、本当に楽です。
最初は「俺ならここをクリアできるけどお前はどうだ?」
くらい高飛車な気持ちで運転していましたが
地形の険しさに比べ、クルマがあまりに簡単に走破してしまうので
その実力を認めざるを得なくなってしまいました。
スピードを設定するのも簡単です。
シフトレバーを左に倒し、前後に動かすだけです。
オンロードでギアレンジをマニュアルセレクトするのと同じ操作なので
平坦な地形では速く、凸凹が激しいところではゆっくりと、
といった風に簡単に調整できるところも便利です。
ちなみに、このシステムはチェロキーが初ではありません。
トヨタのランドクルーザープラドが「クロールコントロール」という名で初採用し、
ランドクルーザー200にもすぐに搭載されました。
ただプラドのクロールコントロールは4リッターモデル(437万円〜)限定のオプションで
高価なナビゲーションシステムとセットで合計約70万円。
ランクル200は498万円のAXより上のグレードに標準装備なので
実質的に500万円近い価格のクルマにしか装備されてきませんでした。
これに対してチェロキートレイルホークは約430万円。
最も安くこのシステムが手に入るクルマ、ということができるでしょう。
操作のインターフェイスもチェロキーのほうが直感的です。
ランクル200もプラドもセンターコンソールのスイッチやダイヤルで速度を調整します。
場所を確認するには視線を車内の低い位置に落とさないといけません。
逆にいうと、ひんぱんな速度設定をあまり想定していないシステムといえます。
これに対しシフトレバーを利用するチェロキーは視線を外に向けたまま操作することができます。
凹凸が激しく、大きく揺れる車内ではこのほうが理に適っているといえるでしょう。
セレクトできるスピードもトヨタ勢は5段階、チェロキーは9段階と差がついています。
だからといってチェロキーのほうがランクルより走破性が優れている、などというつもりはありません。
ただ、もともと走破性に優れるランクルだけに
舗装路の多い先進国のユーザーにその必然性を説明しずらいのも皮肉なところで
むしろチェロキーのほうがそのありがたみを感じやすかったり
先進国のユーザーに気楽に利用される機会が多くなるような気がしています。
それにしても、まさかここまでオフロードのことを考えたSUVだとは想像していませんでした。
そして恐らく国産メーカーも欧州メーカーも
このクラスのSUVにここまでのオフロード性能を詰め込もうとはしないでしょう。
やはりジープの名はダテではありません。
クライスラーの技術者が、このクルマを楽しみながら開発している姿が目に見えるようです。
河村 大
4WD SHOP タイガーオート | Facebookページも宣伝
クライスラー所沢・ジープ所沢 | Facebookページも宣伝
新型チェロキー徹底試乗記 Vol.03 オフロードで働くオートクルーズ
2014年07月17日